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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)135号 判決 1965年2月23日

原告 スベンスカ・メタロツク・アクチボラグ

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三四年抗告審判第二五八六号事件について昭和三五年六月一一日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、特許庁に対し、一九五三年(昭和二八年)一二月七日スエーデン国でした特許出願にもとづき優先権を主張し、昭和二九年一二月四日特許出願し、昭和三三年一月二〇日これを旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)第五条により名称を「破損した金属物品の補修用結合接手」とする実用新案登録出願(以下本願実用新案という。)に変更し、昭和三三年実用新案登録願第二五六〇号事件として審理されたが、昭和三四年五月二五日拒絶査定を受けたので、同年一一月二日これを不服として抗告審判の請求をし、昭和三四年抗告審判第二五八六号事件として審理された結果、昭和三五年六月一一日右請求は成り立たない旨の審決がされ、同審決の謄本は同月二五日原告に送達された。この審決に対する出訴期間は、特許庁長官の職権により同年一一月二五日までとされた。

二  本願実用新案の考案の要旨は、「金属物品の破損継目(1)と交叉した二個の部分(2)(3)の穴内に間隙(5)を置いて挿入される結合板(4)と前記間隙(5)に充たされる充填材料(6)とから成り、結合板(4)が破損継目(1)の両側で破損継目(1)に向つて連続的に減ずる幅をもち、間隙(5)の形が結合板(4)と同じようであるが間隙(5)の幅だけ異なる形である破損した金属物品の補修用結合接手の構造」(別紙図面参照)にある。

三  本件審決の理由の要旨は、つぎのとおりである。

離隔しやすい二部分、たとえば、木材石材の継目部分を、その継目において堅固に接合補強する目的で、その継目を越え横方向に設けられた穴内に、それと相似の結合部材を接手として埋め込み、結合部材には継目の両側においてこの継目に向い平面内で継続的に減ずる幅を持たせることは、千切止め(ちぎりどめ)として本件出願前古くからわが国においては、きわめて普通に行われている手段である(一例として、昭和一二年五月二〇日丸善株式会社発行第一八版、中村達太郎著「日本建築辞彙」第二三六、二三七頁「ちきり」の項)から、本願実用新案は、右の公知の手段を金属製品のひび割れ箇所の補修用結合手段に用いたに過ぎない。さらに、千切を埋め込むのに、固着を良好にするため膠着剤を用いることも必要に応じて行われていること(一例として、昭和二五年一〇月三一日技術資料刊行会発行、橋本喜代太著「木工具と基本工作法」第八六、八七頁「D、千切止め其他」の項)であり、この場合には、膠着剤層に相当する間隙が、穴と接手すなわち千切との間に存在することになり、しかも、膠着剤は本願実用新案における充填材料と認められるから、充填材料用間隙に関する本願実用新案との相違は、間隙が広いか狭いかという全く構造上の微差程度のものにとどまる。そして、膠着剤も、特に固化した場合を考えれば、本願実用新案における充填材料と同様に、充填材料としての作用をなし、それなりの応力にある程度耐えるものと認められる。結局、充填材に関する両者の相違は、木材用か金属用かの材料の相違に過ぎないところ、結合接手適用の対象については、引用例のものも木材に限定されているわけではなく、右等をつなぐときにも用いられるものであり、対象の異なる点が本願実用新案において旧実用新案法の保護の対象となるべき型として現われるところは何ら認められない。したがつて、本願実用新案は、その出願前きわめて普通に行われているものから格別の考案力を用いないで当業者の容易に案出できるところと認められ、旧実用新案法第一条の登録要件を具備していないというのである。

四  けれども、本件審決は、つぎの理由によつて違法であり取り消されるべきものである。

(一)  審決は、結合しようとする目的素材が木材物品等であるか金属物品であるかによつて生ずる技術的難易の差を看過し、前者の場合に補助的に使用される膠着剤の作用効果と後者の場合すなわち本願実用新案において必須の構成要件である充填材の作用効果との間に本質的差異の存すること、したがつて、充填材が充填される間隙(5)が前者の場合とは異なる構造的意義をもつことを無視し、その結果、本件実用新案について考案性がないと誤認した。

審決が引用した「千切止め」の場合には、結合部材である千切とこの千切をはめ込むために穿たれる孔とは、密着するように作られ、両者の間隙は技術の許すかぎり極微であることが要求される。その間隙ににかわ等の接着剤を使用するのは、施工技術が不完全なため孔と千切との間に生ずる間隙を充填することと千切の脱落を防ぐこととのためであり、それはあくまで補助的な存在である。この場合接着剤が使用されることがあつても、後述の本願実用新案における充填材のように、その接着剤をさらに強化したり圧着力を増大させるためにこれに加工するということは全く考えられない(このことは、審決が引用した著書である乙第五号証の二中、千切止めの説明文においては、にかわについて、ただ「千切に膠をつけて打込む」とだけしかなく、その接着についての項には「接着層の厚さは〇、〇六ミリ前後の薄い一様な膜状をなしている状態が最もよく……膜が厚すぎても接着力は劣る。」とされていることから明らかである。)。これに対し、本願実用新案における結合板(4)と穴との間に存する間隙(5)はその中に充填材料を充填し、さらに、その充填された金属材料を加工強化する工程を施すために相当な間隙を必要とするものである。本願実用新案においては、この間隙に充填された金属に対し、ハンマリング(槌打)またはコーキング(押圧)等の常温加工を施すのであるが、この場合、まず結合板(4)の中間部(9)(10)にそつて位置する間隙部分に充填された材料に対する加工により加えられた圧縮力は、二個の部分(2)(3)を継目(1)に向つて相互に圧する力を生ずるため、二個の部分(2)(3)は、破損の表面において相互に緊密に圧着されることになり、同時にこの加工によつて、充填材料そのものの強度も増大される。本願実用新案は、これを可能ならしめまたはこれに適合する構造にかかるものであり、このような加工をするために間隙(5)は、相当な間隙を必要とするのであり、登録請求の範囲の項にもこれが明記されている。両者におけるこの点の差異は、単なる構造上の微差ではなく、考案構成要素および工業的作用における顕著な差異である。

なお、被告挙示の乙第一ないし第三号証のものは、本願実用新案とは全く異なつた構造のものであるし、金属物品の結合に千切止めを応用するとき、接合を一層強固にするために千切止め片の周囲に斜め溝を掘り熔接金属を流し込むことは、結合板を熔融して冶金学的に一体となる熔着の場合であり、本願実用新案における充填材の充填とは異なるから、両者を対比すべくもない。もつとも、本願実用新案の説明書(甲第二号証)中には、「充填材料の導入は熔接によつて行われそれにより結合板と材料との間の熔接接合が得られる。」との記載があるが、この場合の熔接とは、二個の金属体の相接する面を熔融して両者を冶金学的に結合して一体とさせることを意味するものではなく、熔融した金属すなわち充填材を間隙に流し込む方法によつて接合する意味に過ぎない。このことは、登録請求の範囲の項において、間隙(5)とその間隙に充填される充填材(6)とを必須の構成要件として明記していることおよび説明書の他の箇所において充填材に対する強度増大のため加工が必ず行われるべきことを説明していることにより、おのずから明らかである。

(二)  本願実用新案の考案の要旨は、つぎのとおりに解することができる。すなわち、「別紙図面に示すように、金属物品の破損継目(1)と交叉して二個の部分(2)(3)の有底穴内に間隙を置いて挿入される結合板(4)と前記間隙(5)に充されかつ冷間加工される充填材料(6)とから成り、冷間加工によつて二個の部分(2)(3)を破損継目(1)に向つて接近させるよう結合板(4)が破損継目(1)の両側で破損継目(1)に向つて連続的に減ずる幅をもち、間隙(5)の外形が結合板(4)と同じようであるが一定幅だけ異なる形である破損した金属物品の補修用結合接手の構造」。

本願実用新案においては、結合板の厚さは結合されるべき材料の厚さより薄く、したがつて、結合板と材料との間隙には底が存する。その結果、結合板の中間部分に対応する間隙に充填された材料に対し、ハンマリングまたはコーキングをし(これは、常套手段たるハンマリングまたはコーキングが充填部分全般にわたつてされるのと異なる。)、これによつて、二個の部分(2)(3)を継目に向つて相互に圧着する力を増大する効果が生ずる。これに対し、引用例にあつては、このような効果をもたらす加工を考えての構造を欠いている。また、本願実用新案においては、間隙の中間部分の充填材料の顕微鏡的組織は、加工により他の部分すなわち結合板の両端部に沿う部分に比し、より一層密になつている。

本願実用新案の説明書中被告指摘の「熔接およびろう付けにおいて充填材を入れる間隙は、実質的に三角形横断面を持つてもよい。」との記載における三角形横断面とは、右のような加工を効力あらしめるための内方にひろがる三角形と解すべく、その用語が不明確であるとすれば、適切な表現に訂正しないしはこれを削除してもよい。本件審判手続において、そのような訂正削除の機会を与えないまま、ただ引用例にかかる乙第四、五号証の各一ないし三を挙げて、本願実用新案を登録すべきものでないとした審決は、審理不尽のそしりを免れない。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

二  請求原因第一ないし第三項の事実は認める。同第四項の点は争う。

(一)  原告は、本願実用新案における充填材料の充填加工について主張するところがあるが、その加工方法に新規有効な構想があつたとしても、方法は実用新案の対象とならない。本願実用新案の対象となる構造は、その登録請求の範囲の項に記載されているとおり、要するに、金属物品の破損継目をまたいで特定形に穿設した孔とその孔と相似で間隙の幅だけ異なる結合板とをその間隙に充填材料を介在させて一体とした破損した金属物品の補修用結合接手の構造以上に出ない。審決引用の千切止めの構造と本願実用新案のそれとの相違は、結局、審決のいうとおり充填材がはいる間隙の広狭という点に過ぎず、その広狭は比較的のことであるから、構造上の微差というに少しも不当はない。

(二)  金属物品の結合に千切止めを応用したとき、接合を一層強固にするため、千切止め片の周囲に斜めの溝を掘り熔接金属を流し込むことも、本願実用新案出願前公知の手段であつた(乙第三号証参照)。本願実用新案における充填材については、これによつて十分にしつかりと結合板と周囲材料とが結合されることが期待されているのであつて、これは、その説明書の記載、(甲第二号証第一頁一五行目ないし第二頁四行目、第三頁一一行目ないし一三行目)から明らかであり、ひいて、審決が引用例中の膠着剤と本願実用新案における充填材とを同じ考案に出たものと認めたことに何ら不当がない。

ことに、同説明書中、「なるべく間隙は充填材料をかしめて都合よく操作できるように広く作る方がよく」(第二頁七行目以下)、「熔融または可塑性状態の強い充填材料を導入して板を周囲の材料と接合する。材料の導入は熔接によつて行われ、それにより結合板と材料との間の熔接接合が得られる。熔接材料は、ある任意の適当な種類のもの、たとえば、一般に鉄および鋼物品の熔接に用いられるものがよい。充填材料は青銅または類似物のようなある接合ろう付け材料を熔解して導入することもできる。通常の温度において、可塑性充填材料、たとえば鉛―青銅も用いてもよく、この材料は低温作業によつて間隙に圧入せられる。」(第四頁一五行目以下)、「熔接およびろう付けにおいて充填材料を入れる間隙は、実質的に三角形横断面の形を持つてもよい。」(第六頁九行目以下)等の記載によれば、(1)本願実用新案において、間隙は、充填材料を導入するためのものであり、ただ、なるべく広いものがよい程度のことであり、上述のとおり間隙の広狭は構造上の微差程度のものであるとするにさしつかえがないこと、(2)本願実用新案においても、被告提出の乙第三号証に示されているように千切止めの手法を金属材料に施した場合と同じ構造(横断面三角形の溝)が用いられていることから、本願実用新案における充填材なるものは、周囲材料と結合板との結合手段に用いられるものであり、引用例や乙第三号証における膠着剤や熔接凝固金属と変わりがないということができ、つまり、結合させようとするものが金属であるために、膠着剤が熔接ろう付けまたは圧入による充填材という形をとつているに過ぎないこと、(3)本願実用新案の熔接も、技術常識上認識されているもの以外のものではないこと、(4)充填材料は、熔接、ろう付けによるものと、可塑性材料のものとのいずれでもよいことが明らかである。なお、可塑性材料を充填するにあたり圧入することは、慣用手段であるし、充填材料を槌打押圧することは、一般に常套手段として金属材料の強度を増大しようとするときに行われる。もつとも、この点は、上述のとおり実用新案の対象とはならない。

したがつて、原告の本訴請求は、理由がなく、失当として棄却されるべきものである。

第四証拠<省略>

理由

一  特許庁における本件審査、審判手続および優先権主張の経緯、本願実用新案の考案の要旨、本件審決の理由の要旨についての請求原因第一ないし第三項の事実は、当事者間に争がない。

二  右に争のない事実および成立について争のない甲第二号証(本願実用新案の説明書)によれば、(一)本願実用新案の考案の要旨は、その登録請求の範囲の項に記載されているとおり、「金属物品の破損継目(1)と交叉した二個の部分(2)(3)の穴内に間隙(5)を置いて挿入される結合板(4)と、前記間隙(5)に充たされる充填材料(6)とから成り、結合板(4)が破損継目(1)の両側で破損継目(1)に向つて連続的に減ずる幅をもち、間隙(5)の形が結合板(4)と同じようであるが間隙(5)の幅だけ異なる形である破損した金属物品の補修用結合接手の構造」(別紙図面参照)にあり、(二)その説明書中実用新案の説明の項には、(イ)本願実用新案は「結合接手の改良した構造に関し、結合部材は結合部材と材料との間の間隙に導入した充填材料によつて周囲の材料と熔接、ろう付け、圧搾操作によつて結合される特徴をもつ。」、(ロ)「なるべく、間隙は、充填材料をかしめて都合よく操作できるように広く作る方がよく、それによつて接手の強度は増加する。本案によれば、結合部材および間隙の形状は、間隙の少なくとも一部分が荷重で生ずる力によつて圧せられるようなものとすることが、接手の強度を増すために必要である。この目的のために、結合部材には、なるべく破損の継目の方向にとがつている幅を与える方がよい。」「二個の部分(2)(3)を削り取つた穴………は、結合板と形ではほとんど相応ずるものであるが、後者より広いために、間隙(5)が結合板の端と削り取つた材料の対向する端面との間に形成される。この間隙は、周囲の材料と結合板とを強固に接合するに適した材料(6)をもつて充填される。」、(ハ)「結合板を凹所の底部で受けながら凹所内に入れた後に、熔融または可塑性状態の強い充填材料を導入して板を周囲の材料と接合する。」「材料の導入は熔接によつて行われ、それにより結合板と材料との間の熔接接合が得られる。」「通常の温度において、可塑性充填材料、たとえば鉛―青銅も用いてもよく、この材料は低温作業によつて間隙に圧入せられる。」、「充填材料が熔接、ろう付けまたは圧搾のいずれかによつて導入される場合、接手の強度を増加する目的で、ハンマリングまたはコーキングによつて、つぎの低温加工をすることが必要である。結合板の横部すなわち中間部分(9)(10)に浴つて位置する間隙の部分における充填材料の加工において、充填材料に板の対向横端と材料の凹所とに圧縮力を与える。破損の継目の方向に向つたこれらの力の分力は、前記継目において相互に二個の部分(2)(3)を圧する傾向になるために、二個の部分(2)(3)は、破損の表面において相互に緊密に圧着されるようになる。この影響として材料を結合板に対して継方向に若干変位させる。結合板の端部分の周りに延びている間隙部の充填材料は、板の横部に沿つて延びている間隙部の充填材料の低温加工が完了するまでは、決して、導入してはならない。」、(ニ)「結合部は、間隙を比較的広くできるから、結合板と材料との間に何ら正確な適合性を必要としない利点がある。」との記載があり、本願実用新案がそのとおりのものであることが認めることができる。

右に認定したところによれば、本願実用新案は、充填材料(6)を冷間加工によつて最終的に充填しうべき間隙(5)(この間隙(5)の形は、「結合板(4)と同じようであるが間隙(5)の幅だけ異なる形である。」)をことさら設けることおよび充填材料(6)をその必須構成要件の一つとしており、この間隙(5)が、そこに充填される充填材料(6)および結合板(4)と相まつて、破損継目(1)において二個の部分(2)(3)をたがいに緊密に圧着させる充填材料の充填加工を可能にし、かつ、間隙の幅を比較的広くできるから結合板と周囲の材料における穴との間に正確な適合性を必要としないという特段の作用効果を奏するものであること、ひいてまた、充填材料(6)は結合板(4)と破損材料部とを単に接合させるだけにとどまるものでないことが認められる。

本願実用新案の説明書中には、前示認定にかかる部分等に本願実用新案の充填材料の導入に関し「熔接」なる語が用いられているが、その熔接とは、二つの部分を冶金学的に結合して一体とするという本来の意味のものではなく、熔融した金属(充填材料)を間隙に流し込む方法によつて接合することを意味するものであつて、このことは、その登録請求の範囲において間隙(5)とその間隙に充填される充填材料(6)とを必須の構成要件としていることおよび説明書全体の記載ことに前掲実用新案の説明の項の部分に徴し、間隙への充填材料の導入後にこの充填材料に対する強度増大のための加工が必ず行われなければならないということ等により明らかである。もつとも、その記載が不正確で誤解を招くおそれのある部分もないわけではないが、右判断の妨げとはならない。また、右説明書中に間隙(5)について、「熔接およびろう付けにおいて、充填材料(6)を入れる間隙は、実質的に三角形横断面の形をもつてもよい。………」との記載があるけれども、これを、同説明書中のその余の部分ことに登録請求の範囲の項の記載と対比して考えると、右は一実施例にかかりその記載がいくぶん不正確であるにとどまり、原告もまた、適当な機会を得れば、この点に関し適切な表現に訂正しないしはこれを削除する考えである旨表明しているので、これも右判断の妨げとなるものとは解されない。

三  一方、本件審決は、(一)それが本願実用新案の出願前古くから公知であつたものとして引用する「千切止め」を、「離隔しやすい二部分、たとえば、木材石材の継目部分を、その継目において堅固に接合補強する目的で、その継目を越え横方向に設けられた穴内に、それと相似の結合部材を接手として埋め込み、結合部材には継目の両側においてこの継目に向い平面内で継続的に減ずる幅を持たせる」ものとし、その一例として、丸善株式会社発行、中村達太郎著「日本建築辞彙」第二三六、二三七頁(乙第四号証の一ないし三)を挙げ、本願実用新案は、右公知の手段を金属製品のひび割れ箇所の補修用結合手段に用いたに過ぎず、(二)さらに、千切を埋め込むのに、固着を良好にするため膠着剤を用いることも必要に応じ行われていることであり、その一例として、技術資料刊行会発行、橋本喜代太著「木工具と基本工作法」第八六、八七頁(乙第五号証の一ないし三)があるところ、この場合には、膠着剤層に相当する間隙が、穴と接手すなわち千切との間に存在することになり、しかも、膠着剤は本願実用新案における充填材料と認められるから、充填材料用間隙に関する本願実用新案との相違は、間隙が広いか狭いかという構造上の徴差程度のものにとどまるとする。

けれども、右に示されたものにおいては、穴と接手すなわち千切との間に存する間隙が、本願実用新案におけるように結合接手の構成上必要不可欠のものとしてことさら幅をもたせて設けられたものであるとは認められない。かえつて、審決挙示の成立に争のない乙第五号証の一ないし三によれば、「これ(千切)を埋め込むには、あらかじめ千切の一部を薄く切つて型板とし、接合部に当てて鉛筆でアレー形を移し、頭部の円の中心をも示して置き、二つの孔は板錐(中心錐)を用いて、初めは垂直に、途中から少しく斜外方に穿つて、板厚のおよそ2/3位の深さとする。つぎに、二つの孔の中間部は畔挽鋸を用いてひき、のみで屑を掃り出し、千切に膠をつけて打ち込むのである。これは、孔に傾斜がついているから、打ち込み次第接合部が密着するようになるが、傾斜の度がすぎれば、かえつて、接合すべき板が『くの字形』に曲り、外側接合部が空いて来るので注意を要する。」とされており、穴と千切とがただちに密着嵌合するように埋め込まれるべきことを示し、にかわが用いられるとしても、ことさら両者の間に幅のある間隙を設けるようなことはなく、穴と千切との間にはじめから間隙の生ずることを避くべきものとしていることが認められる。

他に本件に顕われたすべての証拠を調べても、本願実用新案におけるように破損継目のある金属物質の二個の部分にまたがつて設けた穴の端面とこれに挿入される結合板の端との間に、ことさら幅のある間隙を設け、これに充填材料を充填し、二個の部分を破損継目に向つて緊密に圧着することを可能にする構成を内容とするものは見当らない。

四  右のとおりであるから、本願実用新案は、審決が公知のものとして引用した構成に、本訴で被告がその補足資料として挙示した成立について争のない乙第一ないし第三号証の記載をも合わせ考えてみても、これら引用例の有しない、充填材料を冷間加工によつて最終的に充填しえ充填材料が破損継目において二個の部分をたがいに緊密に圧着させることを可能にする間隙を設けることをその必須構成要件の一つとして有し、これにより二の項で認定したとおりの特段の効果を収めるものであり、一方、引用例のものにおいてはこのような効果を期待しえないことが明らかである。そして、本願実用新案におけるこの差異を認めることが充填材料の充填加工の方法について実用新案を認めることになるものでないことはいうまでもなく、また、本願実用新案における充填材料が引用例のものにおける膠着剤等と単に同一の作用効果を有するものでないことも明らかである。

五  両者は、考案構成の必須要件とその作用効果を異にし、しかも、本願実用新案出願前これを実施したもののあることをうかがうべき資料もない本件においては、その余の点について判断をするまでもなく、本件審決が、にわかに本願実用新案をもつて前示引用例に比し構造上の微差があるにとどまりこれから格別の考案力を要しないで当業者の容易に案出できるものであり旧実用新案法第一条に規定する登録要件を具備しないとしたのは、その判断を誤まり理由不備の違法があるものとのそしりを免れない。本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由があるから、これを正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 荒木秀一 武居二郎)

別紙 本願実用新案による補修用結合接手の平面図および横断面図<省略>

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